書物を積む者はやがて人生を積むだろう

和書を積んだり漢籍を積んだり和ゲーを積んだり洋ゲーを積んだり、蛇や魚を撫でたりする。

中村九郎『樹海人魚』

 根っこのところがライトノベルそのものという感じがするので、奇才とまで呼ぶにはちょっと。でもまあ、細かいところで、いいセンスしてるなあと感じさせるものはある。『樹海人魚』というタイトルもなかなか良いしね。次作も出たら買ってみるつもり。

樹海人魚 (ガガガ文庫)

樹海人魚 (ガガガ文庫)

「ミツオ、世の中が等しく公平でないと気づいたり、倫理観を脇に捨て歩くひとが多いことに気づくのは、辛いことであります。何を信じればいいかわからなくなり、何も信じられなくなるかもしれないであります。それでも――」
 霙は無邪気に笑う。
「自分はミツオを信じるであります」
 ミツオは、頭を撫でられるより、キスされるより気恥ずかしさを覚えた。
 困って俯いたが、頭を上げて、吹き出す。
 霙は顔を隠していたが、めぐる血の音さえ聞こえていそうな赤い耳は、隠せない。
「そんなに恥ずかしいなら、言わなきゃいいのに」(168ページ)

 伝奇アクションもの。恐るべき力で街を壊し人を殺し、死んでも蘇る怪物「人魚」。人々は人魚を調教して「歌い手」に変え、歌い手を「指揮者」に操らせることで、これらの怪物に対抗していた。グズな指揮者・森実ミツオは人魚・死花花との戦いの中で、相棒の歌い手菜々とはぐれてしまう。ミツオは記憶喪失の歌い手・真名川霙と組んで、菜々の救出と雪辱を期するが――。

 この作家は、ライトノベルファンの間では「奇才」「読めたものではない」と評価がまっぷたつに分かれているらしい。私はどちらの意見にも組しない。(前作『アリフレロ』に比べると改善されているものの)こみいった設定を整理せずに提示しているので、物語の背景や人物の事情を読み取るのが面倒だ、しかしストーリーそのものはわりと真っ当に展開するので、筋書きを追っていくにはさほどの苦労はいらない。もっとも、その真っ当さ――ストーリーの根本はバトル&ラブものであり、ライトノベルの範疇から抜け出してはいない――ゆえ、奇怪な作品という印象もあまり受けなかった。
 とは言うものの、特定の言葉が持つイメージを作中のアイテムに与え、そのイメージを膨らませて強い印象を与える演出をすることにかけては、作者の才能は卓越したものがある。たとえば、指揮者は歌い手と「赤い糸」で繋がってこれを指揮する、という設定なのだが、場面によって切れたりまた繋がったり、重要な事件の端々で登場するこの「赤い糸」のイメージは非常に鮮やかだ。