書物を積む者はやがて人生を積むだろう

和書を積んだり漢籍を積んだり和ゲーを積んだり洋ゲーを積んだり、蛇や魚を撫でたりする。

腕時計ファッションに関する最新情報

 ペーター・ハントケの戯曲『私たちがたがいをなにも知らなかった時』に、両腕に肘までぎっしり腕時計をつけた男が登場する。
 この作品を読んでいて、この男が登場してくるところまで進んだとき、私はその奇天烈なファッションに思わず吹き出したのだが、今日、思わぬところで、似たような格好が目に飛び込んできたのである。
 地下鉄名古屋駅のホームに貼られていた、ブランド腕時計のセールに関する宣伝ポスター。その図案は、サングラスをかけた黒人の男性が、四つの腕時計をはめた左腕を見せ、にかっと笑っているというものだった。なお、その四つの時計が指している時刻はばらばらであった。


 このポスターを見たときの私の驚きを想像してもらえるだろうか。だが驚きから醒めて冷静に見てみると――あ、案外違和感はないかもしれない、と感じたのである。まあ両腕に肘まで腕時計をつけるというのは行き過ぎにしても、複数の腕時計をはめるファッションというのは、あってもいいんではなかろうか、と。
 せめて時刻くらい合わせろよな、とも思ったが、思い返してみるとこれも的外れな指摘だ。そもそも腕時計を四つもつけるということは、実用目的でそうしているのではないことは明白である。実用でなく飾りであるなら、べつだん時刻を合わせる必要もない。むしろおのおのの短針と長針の角度の違いが、四つ全体のバランスを整えているのかもしれない。こう考えると――複数腕時計スタイル、うむ、奥が深い。
 複数腕時計スタイルはあまりに斬新なファッションゆえ、今後研究さるべき課題も多い。腕時計の数や組み合わせ方はもちろん、文字盤の位置はそれぞれどれくらいずらすべきか、どれを何時何分に合わせれば美しく見えるか、など。だがこの研究を極めた果てにたどりつけば、あなたは流行の最先端に立っているであろう。
 異性の憧憬と同性の羨望をひきつけたいなら、これからは複数腕時計スタイルだ。