書物を積む者はやがて人生を積むだろう

和書を積んだり漢籍を積んだり和ゲーを積んだり洋ゲーを積んだり、蛇や魚を撫でたりする。

ジュール・ヴェルヌ『海底二万里』全2巻

 最近読んだ翻訳小説のうちではかなり読みやすい部類。ガスカールなんかに比べると倍近い速度で読めてしまった。読みやすいっていいよね。

海底二万里〈上〉 (岩波文庫)

海底二万里〈上〉 (岩波文庫)

海底二万里〈下〉 (岩波文庫)

海底二万里〈下〉 (岩波文庫)

「いまだかつて何人が深淵の深さをはかり知れただろう?」という問いかけに対して、今答えることのできる人間が全人類のなかに二人いる。その二人、それはネモ船長とわたしである。(結句。下巻465ページ)

 世界各地でにわかに目撃されるようになった巨大クジラ。このクジラを殺すため海洋学者アロナックスとその従僕コンセーユ、銛打ち名人ネッド・ランドはリンカーン号に乗り込んだ。しかしそのクジラの正体は、ネモ船長の操る潜水艦ノーチラス号だった。アロナックスたちはノーチラス号に乗せられ、世界各地の海洋を巡る。

 海中世界を舞台にした波乱万丈血沸き肉踊る大冒険――の要素もあるが、ちょっと驚きなのが各章で開陳される生物、歴史、地理にわたる海洋学の知識の膨大さである。物語の本筋から脱線してこういう知識をえんえん連ねる書き方は、ちょっとユゴーを彷彿とさせる(ユゴーの傑作『海に働く人びと』への言及も少しだけある)。
 海底の風景の美しさや嵐の迫力の描写はなかなか鮮烈だが、なにより存在感を放つのがネモ船長のキャラクターだろう。慈愛深さと残忍さを併せ持ち、神話の中の悪の英雄といった雰囲気で、たいへん魅力がある。
 SFの始祖としても冒険小説としても楽しく、ひとつの神話的人物をつくりあげた古典でもある。読者の心をつよくとらえる名作である。