書物を積む者はやがて人生を積むだろう

和書を積んだり漢籍を積んだり和ゲーを積んだり洋ゲーを積んだり、蛇や魚を撫でたりする。

格非『人面桃花』

でもな、なぜか分からないが、ここ数日、俺たちがやろうとしていたことは、根本的に間違っているかもしれない、あるいは、それに対して俺が言うことはまるで重要じゃない、それどころかまったく価値がない、そう、まったく価値がないと感じるようになった。たとえば、あることに対して、あんたが全力で取り組んでいるとして、でも同時に、あんたはそれがはっきり間違っていると疑ってるようなもんだ、始めから間違っているってな。(69ページ)

 舞台は清末民初の田舎・普済。主人公の陸秀米には発狂した父がいた。ある日、父はどこへともなく姿を消す。その後秀米一家は、親戚だという謎の男・張季元とともに暮らし始める。秀米は季元に心ひかれるが、季元は隣村の秀才と組んでクーデターを企んでいた。これが発覚して季元は逃亡し、やがて殺される。
 数年後、秀米は嫁入りの中途で盗賊にさらわれる。連れてこられた花家舎という場所は、もとは官僚だったという盗賊頭の作った、奇妙な理想郷だった。しかし仲間割れによって盗賊たちは自壊する。
 さらに数年が経って、普済に戻ってきた秀米は、以前とは別人のようになっていた。彼女は村の若者らと結託し、清朝への反逆を企むが、身内の裏切りによって捕縛される。
 処刑されるはずの秀米だったが、まさにその時、辛亥革命が勃発するのだった…。


 格非の名前を最初に見たのは2chだったかな。確か、莫言や残雪より下の世代で良い作家はいないか、という質問に対して、余華や格非はどうよ、みたいなレスがついていたと思う。それを見てずっと気になっていたんだが、ようやく読めた。
 中身は期待以上に良かった。清末民初を背景にしているとはいえ、世情の混乱ぶりは稀に顔を覗かせるだけ、革命や陰謀の具体的な描写もほとんど為されず、むしろ田舎の庶民(秀米の家は金・土地持ちだが)の日常的な暮らしの描写が多いのは興味深いところ。といって退屈なわけではまったくなく、リーダビリティーは高い。張季元の来歴の謎や、彼が探しているという六本指の男、盗賊が作り上げた桃源郷など、伝奇的な要素も多い。箱入り娘だった秀米が、第三章で普済に帰ってくると、逆に謎めいた存在になっているのも面白い。

宝琛は気を取り直して尋ねた。「じゃあ、あんたもタバコを吸うのかい?」
秀米は笑った。「ええ、私はアヘンを吸ったこともあるわよ。信じる?」210ページ

 史実に基づいているのか、ただそういうふりをしているのか、どちらか分からないが、何人かの人物には生没年と略歴が付記されている。その略歴と、小説の話とが食い違ったりしているあたりがなんだか心憎い。
 ともあれ、これは良い小説。日本語版も出ると良いんだが。