書物を積む者はやがて人生を積むだろう

和書を積んだり漢籍を積んだり和ゲーを積んだり洋ゲーを積んだり、蛇や魚を撫でたりする。

トルクァート・タッソ『エルサレム解放』

タッソ エルサレム解放 (岩波文庫)

タッソ エルサレム解放 (岩波文庫)

三たびにわたり騎士が女に抱きついて締めつける、
あの逞しい両腕で。そしてやはり三たびにわたり
執拗に絡みつくその腕から女は身を振りほどく、
愛してくれる男ではなく荒々しい敵のその腕から。(311ページ)

 第一回十字軍を題材とする叙事詩(ただし、内容は史実とは離れている)。低地ロレーヌ公ゴッフレードは十字軍を率いてエルサレム奪還に向かう。しかしコーカサスのアルガンテ、女戦士クロリンダ、ニケーアの王ソリマーノらイスラムの猛将たちの抵抗と、地獄の悪魔たちの妨害により苦戦を強いられる。しかも十字軍の英雄の一人タンクレーディは敵方のクロリンダに恋焦がれてしばしば奇行に走り、もう一人の英雄リナルドは魔女アルミーダに連れ去られるという有様……。

 現代イタリアの詩人ジュリアーニが編纂した簡約本の翻訳。原詩の三分の一程度を抜き出し、その間隙は語りで埋めるという体裁になっている。*1
 アリオスト『狂えるオルランド』と並び称されるイタリアの古典叙事詩だが、作品世界はとても陰惨。明瞭で愉快な『狂えるオルランド』とは対照的である。とはいっても、悪魔の長大な演説に配下の魔物たちが辟易する滑稽な場面や、リナルド救出のためアルミーダの城に忍び込んだ二人の騎士がいろいろとエロチックな光景を目撃する場面などもあることはあるが、全体的には陰気な作品に見える。戦闘場面は緻密に描写されており、泥臭くて血なまぐさい。格好いい騎士が颯爽と登場して軽やかにちゃんちゃんばらばらと戦う話とか、ものすごく強い女騎士が恋愛のためにぐにゃぐにゃになってしまう話とかを期待する向きは、この作品よりも『狂えるオルランド』を読むべきである。訳者解説でも指摘されているが、タンクレーディとクロリンダの最後の格闘シーンの残酷さは戦慄もの。結末に至ってゴッフレードが勝利し、エルサレムが征服されても、まったくすっきりしない。

 ジュリアーニによる語りは簡潔かつ的確で、おそらく完訳で読んだらかなりてごわかっただろうこの作品をとっつきやすいものにしてくれている。が、どうしても物足りなさを感じてしまう。訳者解説の口ぶりではどうやら完訳を刊行する心づもりがあるようなので、期待して待ちたいと思う。

*1:訳者解説によると、カルヴィーノによるアリオスト『狂えるオルランド』の簡約本もあり、そちらの翻訳も近々刊行されるとのこと。