書物を積む者はやがて人生を積むだろう

和書を積んだり漢籍を積んだり和ゲーを積んだり洋ゲーを積んだり、蛇や魚を撫でたりする。

チャイナ・ミエヴィル『都市と都市』

都市と都市 (ハヤカワ文庫SF)

都市と都市 (ハヤカワ文庫SF)

 東欧に存在する都市国家ベジェルのスラムの広場で、身元不明の半裸の女性の遺体が発見される。客とトラブルになった売春婦……にしては、不審な点が山ほどある。捜査にあたったボルル警部補は、やがて隣国ウル・コーマから匿名の国際電話を受け取る。電話の相手は、殺害された女性を知っているという……。

 こんなふうに書くとまるで普通の推理小説みたいだが、舞台設定がふるっている。ベジェルとウル・コーマは同一の都市の中に入れ子状に存在していて、特に<クロスハッチ>された地区ではベジェルとウル・コーマの建物・市民が両方存在しているという設定。そして彼らは外国の事物・人物を故意に見たり、話しかけたりしてはならず、必死に<見ない>ようにしているということになっている。そして、故意にこれを侵犯すると、<ブリーチ>と呼ばれる組織が現れて、犯した者を密かに処罰するという(かなりの部分が大目に見られてはいるようだが)。
 で、これで時代設定が中世とか、架空の世界とかだったらかえってすんなり入っていけるのだが、あえてグーグルとグローバルの現代世界を背景に設定しているのがまた奇怪な印象である。
 ボルル刑事をはじめとする登場人物の、自国と(目の前にある)隣国への距離感がなんともリアル、というか、ありそうで面白い。現代人のくせに不合理を疑ってもみずに受け入れているところとか、不合理なルールを侵犯せず、侵犯しようという気も起こさずに事件を捜査しようとするところとか(しかし最後の最後では……)。あとは、シエドル議員という元軍人の<ブリーチ>に対する発言、外部者たる読者からは至って真っ当な批判に見えるのに、登場人物は「また右翼の馬鹿が無茶なこと言ってるよ」みたいな扱い方しているあたりとか。
 文体はいたって普通の一人称ハードボイルド調。世界観さえつかめればさくさく読める。