書物を積む者はやがて人生を積むだろう

和書を積んだり漢籍を積んだり和ゲーを積んだり洋ゲーを積んだり、蛇や魚を撫でたりする。

アンリ・グゴー『大脱出』

 前情報なしのタイトル買い、というか、「グゴーって名前はなんかユゴーに似てるな〜」といういい加減な理由で買ったこの本、大当たり。ブラヴォー、俺様の勘。

大脱出 (1982年) (白水社世界の文学)

大脱出 (1982年) (白水社世界の文学)

おまえは人のいいサンタクロースだ。ところが不幸なことに、おれたちは子供じゃない。(103ページ)

 主人公ベールは罪を犯して牢獄に入る。彼が入ったとき同じ監房のフラップらは脱走を計画していた。一方、他の監房には、脱獄を願わず、牢獄の中での快適な生活を求めるグループもいて、フラップたちと鋭く対立する。ベールはフラップに囚人たちのボス・ラヴォワールを大人しくさせるよう求められ、ラヴォワールに自分と自分の兄たちの奇怪な身の上話を語って聞かせる――。

 フラップたちの脱獄計画や囚人たちの議論と、ベールが語る物語が交互に述べられる構成になっている。フランスではブラック・ユーモアの賞を取ったらしいが、どこで笑えばよいのか正直なところ分からなかった。作品のテーマは牢獄の内と牢獄の外との対立――一方には規律と安全、一方には自由と危険――を描いて、現代の閉塞した状況を映し出すことなのだろうと思う。荒唐無稽なベールの物語だけでなく、表面的にはリアルな囚人たちの生活や議論のほうにも、寓話的な空気が濃いように感じた。
 ベールの語る話中話のほうは、これはもう文句なしの面白さ。『千一夜物語』や近くは『ハザール事典』のような、物語を読む楽しさを存分に味わわせてくれる。作者グゴーは民話の研究などもおこなっているそうで、物語そのものの魅力をよく知っているのだろう。

 この作家、あまり売れなかったのか、この『大脱出』以外の作品は翻訳されてないらしい。巻末解説で紹介されてる『火の発見者』とか読みたいんだが……『大脱出』が訳されてからもう25年も音沙汰なしとなると、望み薄かねえ。