書物を積む者はやがて人生を積むだろう

和書を積んだり漢籍を積んだり和ゲーを積んだり洋ゲーを積んだり、蛇や魚を撫でたりする。

ソーントン・ワイルダー『わが町』

 悪くないんだけど、ちょっと軽すぎるよなあ。メタフィクション性もぜんぜん甘いしね(古典だからという言い訳は通用しない。もっとずっと古いコルネイユ『舞台は夢』は、もっとずっと鮮やかにメタ性と筋の展開をからめている)。「ドイツ現代戯曲選」は(これまでに読んだ六冊は)どれもかなり派手だったのにひきかえ、この本はちょっと読み応えが足りない。

ソーントン・ワイルダー〈1〉わが町 (ハヤカワ演劇文庫)

ソーントン・ワイルダー〈1〉わが町 (ハヤカワ演劇文庫)

ヨーロッパなんか遊び歩いたりしてみろ、このグローヴァーズ・コーナーズの町がいやになっちゃうかもしれない。ここがいいんだからこれでいい。(第一幕。31ページ)


 小さな町グローヴァーズ・コーナーズに住む人々の日常を描いた作品。筋は主にギブズ家とウェブ家の二家族を中心として展開する。第二幕ではギブズ家のジョージとウェブ家のエミリーの恋愛と結婚が描かれ、第三幕では死んだエミリーが少女時代のある誕生日を追体験し、生きている間はかけがえのない日常を浪費してきたことを悟って、悲嘆に暮れる。

 いま読むにはちょっと古いよな、というのが正直な感想。日常生活の価値というテーマは、さまざまな作品で取り上げられてもう新鮮さがなくなっている。軽いタッチで描かれる日常の風景は、読んでいてそれなりに楽しいけれど衝撃性には欠けている。セリフの所々に現れるユーモアは、まあ、悪くない。
 舞台上に幕をはじめあらゆる道具をセットしないところや、「舞台監督」がたびたび登場して登場人物と会話したり、時には登場人物になりきって演じたりするところなど、メタフィクション志向が見られるが、これも現代の読者・観客にとってはさしたる意外性のないところだろうと思う。このところ「ドイツ現代戯曲選」を通していくつか奇抜な戯曲を読んでいるからか、たいして驚きはなかった。