書物を積む者はやがて人生を積むだろう

和書を積んだり漢籍を積んだり和ゲーを積んだり洋ゲーを積んだり、蛇や魚を撫でたりする。

ウィリアム・シェイクスピア『尺には尺を』

あなたの運命を変えられるとしても変えたくはない、
あなたの死を祈る祈りは何百回でもくり返すけど、
あなたのいのちを救う祈りは一言も吐きません。(92ページ)

 ウィーンの公爵ヴィンセンシオは、生真面目なアンジェロに統治を任せ、自身は修道士に身をやつして人々の様子を観察していた。アンジェロは婚前交渉の咎でクローディオに死刑を言い渡す。クローディオの妹イザベラが兄の助命を嘆願すると、アンジェロは彼女に一目惚れし、密かにベッドをともにすればクローディオを助けると言う。しかしイザベラは拒絶。この件を知った公爵は、クローディオを助けるため密かに策略をめぐらす。

 『トロイラスとクレシダ』『終わりよければすべてよし』とともに「問題劇」と呼ばれている作品だが、この三冊の中で面白さでは一番じゃないだろうか。法や倫理と、人命との対立を描いた作品なのだけれど、それを体現する登場人物がいずれもよく描けていると思う。厳格な法の執行者であったのに、恋情から道を踏み外してしまう主人公アンジェロと、倫理や名誉に拘りすぎるあまり、感情の動き方が異常になっているヒロインのイザベラ(上に引用したセリフは、死刑を控えて弱気になっている兄クローディオに向かって言った言葉)との対比が見事。
 こう書くとなんだか堅苦しい劇みたいに思えるかもしれないが、実は下ネタギャグが飛び交い、ベッドトリックまで炸裂する、やらしい脚本でもある。硬軟を併せ持つ複雑な筋書きもこの作品の魅力。シェイクスピア作品のうちでは、一般の知名度は低い作品のようだが、なかなかの傑作である。