書物を積む者はやがて人生を積むだろう

和書を積んだり漢籍を積んだり和ゲーを積んだり洋ゲーを積んだり、蛇や魚を撫でたりする。

フィリップ・キュルヴァル『愛しき人類』

愛しき人類 (1980年) (サンリオSF文庫)

愛しき人類 (1980年) (サンリオSF文庫)

「いいよ。わかったよ。おまえらのいうとおり、サエルの親父は空なんだろうよ。(319ページ)

 停滞文明を描いたディストピアものにして時間・空間SF。鎖国政策を敷くヨーロッパ共同体マルコムに、ベルガセンはスパイとしてはじめて潜入に成功する。ときにマルコムでは、時間を遅くして人生を引き延ばす時間流減速機と、夢を空間に投影する夢現教が流行していた。
 ベルガセン、減速機の開発者シモン、シモンの息子サエル、マルコムの野心的政治家ルイス、夢現教の司祭レオなど幾人かの物語が視点を切り換えながら語られ、やがてその筋はまとまっていく。

 小説としてのまとまりの点では、ちょっとどうかと思うところもある。たとえばルイスの話などは、サエルやベルガセンと同じくらい分量が割かれているのに、いまひとつ主筋との絡みつきが弱いし、結末があっけなさすぎる。キャラの性格づけも、明確ではあるが、類型的と言えなくもない。サエルはいかにも反抗的な青年だし、シモンはいかにも幻滅して一つことに打ち込む男だし、エルザはいかにも破滅型のコケットだ。
 そういう欠点があるにはあるが、代わりにこの小説にはSFを読む楽しさが思い切り詰め込まれている。SFを読む楽しさとは、とりもなおさず奇想天外なアイディアの数々のことで、読みながら何度も笑わせてもらった。とりわけ終盤部分のシュールな展開は出色。空に市松模様が浮かんでいるところなどは大爆笑。
 同じサンリオ文庫のフランスSFとして、ジュリ『不安定な時間』と比べると、あちらは主人公とともに幻想の世界をぐるぐる回らせられ、混乱させられてしまう(そこが面白いところだが)のに対し、こちら『愛しき人類』はやや下がった位置からキャラクターの動きを眺めることになるので、物語の流れをつかみやすく、読みやすい。そのため、SFや幻想小説に慣れてない人にもおすすめできる。


 サンリオSF文庫としてはプレミアは控えめで、じゅうぶん内容に見合った値段だと思う。それでも高いと思う人は復刊ドットコムへお願い。