書物を積む者はやがて人生を積むだろう

和書を積んだり漢籍を積んだり和ゲーを積んだり洋ゲーを積んだり、蛇や魚を撫でたりする。

ペドロ・アントーニオ・デ・アラルコン『三角帽子』

三角帽子―他二篇 (岩波文庫)

三角帽子―他二篇 (岩波文庫)

「そんなら貴方は?」――と夫人は相手をまじまじと見守りながら答えた。
 そうして暫くの間は、二組の夫婦は同じような言葉を幾度となく繰返した。
「じゃお前は?」
「そんなら貴方は?」
「なんだお前は!」
「いいえ貴方って方は!」
「しかし何だって又お前やったんだ?……」(146ページ)

 水車小屋のルーカスは醜男だが気のいい親父、彼の妻フラスキータは町でも評判の美人だった。このフラスキータに、市長ドン・エウヘーニオが懸想したことから騒動が持ち上がる。

 表題作は160ページほどの中篇小説。作者は19世紀の人だが、この作品には19世紀的、近代的な感じはあまり受けない。むしろ、もっと古い時代の、おおらかな空気に包まれた小説だと思う(訳者の会田さんも解説でセルバンテスロペ・デ・ベガと比べている)。展開といい結末といい、いかにも古典的というか、古めかしい小説といった趣である。なかなか調子のいいストーリーテリングと滑稽な会話も作品の長所で、さっくりと楽しく読了できる佳作だといえる。
 この本は「三角帽子」のほかに「モーロ人とキリスト教徒」「割符帳」の二短篇を収録している。「モーロ人とキリスト教徒」は中世のモーロ人貴族が残した宝の地図をめぐる話で、宝をめぐって次々に人が悪事を働き不幸になっていく様の教訓的なのが気に入らないが、筋運びの軽さは健在でさくさく読める。「割符帳」は南瓜を盗まれた農夫の話。こちらはユーモラスな好短篇。
 重厚な話や斬新な切り口を求める向きには食い足りないかもしれない。重厚な・斬新な小説に疲れたときにおやつ代わりに読むと良いかも。