書物を積む者はやがて人生を積むだろう

和書を積んだり漢籍を積んだり和ゲーを積んだり洋ゲーを積んだり、蛇や魚を撫でたりする。

ウィリアム・シェイクスピア『ヘンリー六世』全三巻

 百年戦争薔薇戦争を扱う、初期シェイクスピアの三部立ての史劇。イングランド軍は内部対立のため乙女ジャンヌ率いるフランス軍相手に苦戦、ついにはジャンヌを倒すものの少なからぬ犠牲を払いフランスの領土を失う。胸に野心をいだく貴族たちは互いに謀略合戦を行い、やがて王位を巡る公然たる内戦に発展していく。

 第一部は外国との戦争、第二部は宮廷陰謀劇、第三部は内戦の物語ということで、物語の展開はめまぐるしく変化し、目が離せない。
 第一部にはかのジャンヌ・ダルクが悪役として登場すると聞いていたので、どんな描かれ方をされているのか楽しみにしていた。さて実際に読んでみると、敵役とはいえなかなか男前で頼もしいキャラクターにされていた。

「オルレアンを見捨てるのですか、救うのですか?」
「救うのよ、もちろん、優柔不断ねえ、ぐずぐず言って。
息の続くかぎり戦いなさい。私がついてるわ。」(第一部、28ページ)

 結末は美しからぬものであるが、それはそれで面白いジャンヌ像ではあったかな。
 第二部は陰鬱な謀略もの。王の摂政として権勢を振るうグロスターを除こうとする貴族たちの陰謀と、その貴族たちを利用して王座を狙うヨーク公の暗躍が描かれる。

「罪も犯さぬのに、おれが罪人にされるはずはあるまい。
たとえこのおれにいまの何十倍もの敵があり、
その一人一人が何十倍もの力をもっていようとも、
おれが忠誠をつくし、罪を犯さず、潔白であるかぎり、
おれに害を加えることなど逆立ちしたってできはしまい。」(第二部、80ページ)

 上はグロスター公の台詞。こんなことを言っているようでは、そりゃ、腹黒連中のいいようにされてしまうのも仕方がない。
 第三部ではヨーク公がいよいよ挙兵する。ヨークは間もなく戦死するのだが、その遺志は息子のエドマンド、ジョージ、リチャードの三兄弟に受け継がれ、とうとう王位を簒奪する。
 続編『リチャード三世』の主人公リチャードがここで早くも奸雄ぶりを現すのだが、それ以上に強烈なのはヘンリー六世の王妃マーガレットだろう。マーガレットは第二部でも活躍するが、戦争の場面が多い第三部でますます存在感を発揮する。たとえば、ヨーク公が捕えられた場面。

「ごらん、ヨーク、このハンカチを染めた血は、
あの勇敢なクリフォードの剣先にえぐられて、
胸もとからほとばしり出たラットランドの血。
死んだ子のためにおまえの目でも涙をこぼすものなら、
このハンカチをくれてやるからその頬をぬぐうがいい。(第三部、40ページ)

 ――まさに残忍無残。リチャード三世やマクベス夫人に比べ、あまり有名な悪役ではないけれど、インパクトではひけをとらない。


 こうしてみると、第一部ではジャンヌ・ダルク、第二部ではマーガレット王妃と、敵役の女性が大活躍している。女傑ものとしても面白い劇だといえるんじゃないか。