書物を積む者はやがて人生を積むだろう

和書を積んだり漢籍を積んだり和ゲーを積んだり洋ゲーを積んだり、蛇や魚を撫でたりする。

曹雪芹『紅楼夢』

紅楼夢 1 (岩波文庫 赤 18-1)

紅楼夢 1 (岩波文庫 赤 18-1)

紅楼夢 2 改訳 (岩波文庫 赤 18-2)

紅楼夢 2 改訳 (岩波文庫 赤 18-2)

紅楼夢 3 (岩波文庫 赤 18-3)

紅楼夢 3 (岩波文庫 赤 18-3)

 王朝開国の功臣の子孫である賈家の人々は、豪奢極まりない生活を送っていたが、内部では悪事が横行し、財産も底をつき始めていた。そんな中、御曹司の一人で玉を口に含んで生まれた賈宝玉は、世の学問を忌み嫌い、親戚の少女や女中たちと遊び暮らす毎日を送っていた。彼は従妹の林黛玉と互いに思いを寄せ合うが、それぞれの性格からしばしば衝突する。

 言わずと知れた中国古典小説の代表作。恥ずかしながら、高校生のときによく呑みこめもせず通読してそれっきりにしていたので、今回やっと再読してみた。手抜きして翻訳で。
 読み返してみれば、初読の時に乗っていけなかった理由は明白。作品序盤の情報量が半端でなく、そこで躓いたまま最後まで引きずってしまったからである。今考えれば、初読なら予言は適当に読み流して後で確認すれば良く、賈家の複雑な人間関係は巻末系図を適宜参照すればよいだけの話だったのだが……ただとっつきの悪い小説ではあると思うので、これから読む人は解説本などで概要を頭に入れてから読むほうが良いかもしれない。
 再読の感想だが、これは意外と「痛快」な作品なのだなと。その痛快さのもとになってるのは、もちろん主人公・賈宝玉の怖いもの知らずな言動である。中国従来の価値観や倫理に対して、彼は恐れも知らずに罵倒を浴びせる(もっとも、彼は父親・賈政は恐れているが。奔放なこの少年が父親を相手にするといやに縮こまるあたりも笑い所である)。柔弱に見えて思ったより破壊的なキャラクターなのである。
 あとは賈家の財政を切り盛りする王熙鳳。頭もまわれば気も強い、口八丁手八丁で、かなり陰険悪辣なこともやってのける若き女傑である。この女が怒って暴れるいくつかの場面では、彼女の罵詈の語彙の多さに感嘆せずにはいられない。
 もちろん、正ヒロイン格の林黛玉をはじめ、才知あるが控えめな薛宝釵、陽気で茶目っ気たっぷりな史湘雲、しっかり者で(目立つのを嫌う宝釵と違って)筋を通したがる賈探春、偏屈で潔癖だが密かに宝玉に思いを寄せる妙玉など、魅力的でキャラの立った少女人物が綺羅星のように登場してくるところも小説の売りだろう。宝玉にまめまめしく仕え、時には諌める襲人や、逆に宝玉と一緒になってふざけちらす晴雯ら、女中たちの存在感も大きい。それに比べて男どもと来たら……いやまあ、男どももそれぞれなりにキャラは立っているのだが。
 それと面白いところは、けっこう能力主義な賈家の屋敷の運営ぶりである。若くて嫁の立場の王煕鳳や、もっと若くて妾腹の娘である賈探春が、年長の女性らの信頼を得て賈家の台所(広い意味での台所)を切り回すところは、近世中国の門閥貴族の家のイメージとは違っているところだと思うので。


 とにもかくにも長くてつかみにくい小説であるが、まったりゆっくり楽しめる作品でもある。三読は原書でやりたい。