書物を積む者はやがて人生を積むだろう

和書を積んだり漢籍を積んだり和ゲーを積んだり洋ゲーを積んだり、蛇や魚を撫でたりする。

パトリック・グランヴィル『火炎樹』

火炎樹 (文学の冒険)

火炎樹 (文学の冒険)

人間の福祉の方が、その中の誰かの情熱の成就より大事だと思うのか!(142ページ)

 アフリカのヤリの国王トコールのもとを、スコットランドの青年ウィリアムが訪れる。トコールは政治にも経済にも関心を失い、ジャングルの奥に住むという神秘的なディオルル族の秘密を探ることに情熱を傾けていた。ウィリアムはトコールが巻き起こす種々の騒ぎを間近で目撃する。国内は政情不安で、王の旧友で社会主義者のララカ大佐を中心にクーデターの計画が進みつつあったが、王は情熱に動かされるまま、軍隊を率いて森へと入っていく。

 頭のネジが三本くらい外れているトコールが章ごとに起こすお祭り騒ぎを過剰な文体で描いた作品。年齢的には初老の域であるのに、幼児のように陽気で気まぐれなトコールの存在感は圧巻。スラムの虱のたかった浮浪児たちを肩車してイギリス人が経営する高級クラブに突入してみたり、フランスの領事をからかうためだけにハチドリを何羽も生きたまま丸呑みしてみたり等々。とりわけハチドリを生で食べたために腹を壊す場面の描写はバカバカしさと華やかさと汚さが極まった、なんとも物凄いものになっている。

トコールはその様なみっともないグロテスクな病気で死ぬのかと思って絶望に駆られた。彼ともあろうものが、王の中の王が、悪臭芬々たる汚物にまみれて死んで行く!…… 彼は意志の力を振り絞って、立ち上がった。そして、その恥さらしなベッドから出た。彼は、頻繁な発作にも屈せずにまっすぐに立ちつづけた。病気の方は休む間もなく彼を攻めたてた。せめて立って死にたい! 奇跡は医者や、無力な治療師や、勇敢なネレの目の前で繰り広げられた。王は足を踏ん張って立ち、悲劇的な頭を高く掲げ、胸を反らし。眼は何やら、形而上学的な問題を見つめていた、――そのとき、信じられないような下痢が、抑えようもなく吹き出した。無数の蜂鳥が飛び出したのだ。尻から、まるで、長い魔法の羽のような尻尾が生えてきた。それは耳を楽しませ、眼を驚かせるものだった。ルビーやサファイアの洗いなおされたリボンが色とりどりの数珠になって吹き出してきた。ネレと、医者と、呪術師はそのホメロス的な滑稽な光景をまえにして、恐怖に凍り付いていた。(70ページ)

 うーむ、読み返してみてもこれはひどい。笑うしかない。
 またトコールはそのイノセンスと同時に残酷さも持ち合わせていて、気に食わない外国の医者を怒りにかられて撲殺したりもする(たいていは部下を使ったり武器を使ったりはしない。彼はやるときは拳でやる)。命の扱いがえらく軽いのも特徴か。死人たちはみな祭りの喧騒のなかで簡単に流されていってしまう。

 巻頭にルナンによるユゴーに関するコメントが引用されているが、なるほどトコールの熱情と狂気はユゴーのキャラクターと共通するものがあるかもしれない。この小説が気に入ったら『ノートルダム・ド・パリ』あたりを読んでみるのも一興かと。