G.K.チェスタトン『新ナポレオン奇譚』
- 作者: G・K・チェスタトン,高橋康也,成田久美子
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2010/07/07
- メディア: 文庫
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朕は、わが忠良なる臣民のために、一肌脱ぐことにしよう。汝らに、ユーモアの饗宴を振舞ってつかわすであろう。(58ページ)
舞台は(執筆時から見て)近未来である1984年のロンドン。この時代にはくじ引きによって国王を選ぶ「専制民主制」が行われていた。王に選ばれた諧謔家のオーベロンは、中世都市の誇りの復活を掲げ、ロンドンをいくつかの自由市に分け、兵士を配備させたり儀式的な行事を増やしたりする。それはオーベロンにとってはおふざけに過ぎなかったが、この気風を真に受けたノッティング・ヒルの市長アダム・ウェインは、鉄道敷設にまつわる土地買収に異議を唱え、ロンドンの他の全域に対して戦争をふっかける。
この小説の面白さについてだが、まずはたがの外れたユーモリスト、オーベロン・クウィンの警句調のセリフを読む楽しみが挙げられると思う。たとえば
狂人というのは常に真剣なものさ。彼らにはユーモアが欠けているから狂う。(63ページ)
とか、
僕はこう誓いを立てたんだよ。まじめに話をすることは決してすまいってね。それは、馬鹿げた質問に答えてやるということにほかならないからだ。(65ページ)
とか。
お前はどうなんだ、と問いたくなるが、これで頭の根っこのところはまともなのである。そのオーベロンが、いわゆる「ほんもの」であるところのウェインとの初会見で、彼を同じ諧謔家と見なして調子づいてべらべらやった挙句、「椅子に倒れこんで座り、ラブレー的な哄笑を放」つまでの流れは、喜劇として完璧な出来といって良いのではないかな。
で、その狂人のアダム・ウェインの突飛な行動がもとで、あれよあれよという間にロンドンが内戦へと突き進み、ノッティング・ヒル帝国が建設され、また滅んでいく様子を、短い分量(作中時間的にも、ページ数的にも)と軽快な書きっぷりで描き出した作者の技量には感服せざるを得ない。これが処女作だというんだからねえ。処女作といえば、解説で紹介されている、嘘くさい制作秘話も面白い。