書物を積む者はやがて人生を積むだろう

和書を積んだり漢籍を積んだり和ゲーを積んだり洋ゲーを積んだり、蛇や魚を撫でたりする。

ヨセフ・シュクヴォレツキー『二つの伝説』

二つの伝説 (東欧の想像力)

二つの伝説 (東欧の想像力)


 ナチとその後の共産主義政権下でのジャズについて書かれたエッセイ「レッド・ミュージック」と、「エメケの伝説」「バスサクソフォン」の二つの中篇を収録した本。

 「エメケの伝説」は、小さな村のレクリエーションセンターでの、ハンガリー出身の神秘的な未亡人エメケと語り手の愛と、粗野な中年教師の横槍によりそれが挫かれてしまう顛末を描いた作品。エメケより何より教師の下品な言動の描き方がなんとも残酷で、最後の教師への復讐の場面もかなり陰険、というか、いじめだろ、これ。こういうキャラでもって小説を展開させるのは正直好きじゃない。
 「バスサクソフォン」は、ナチ支配下チェコの田舎町コステレツで、在住ドイツ人の娯楽のために訪れたフリークスの楽団のサクソフォン奏者の代打を、妙な縁で少年主人公が務めることになるという話。連想・連想で話も時系列もあちこちに飛ぶ催眠文体だが、きちんと読んでいけば別に難解なところはない。
 チェコ人とドイツ人の複雑な関係や、どちらかといえばアウトサイダー寄りな主人公(ジャズ奏者だし)の、チェコ人同胞に対する微妙な感情(本人は自覚していないか、自覚していないふりをしているが、あきらかに憎んでいる)が見え隠れする。主人公の姉に惚れていたドイツ人軍曹に関する思い出語りなんかはとても切ない。

その男は、私の姉がビール醸造所の事務所から帰宅する際、決まって姉に声をかけてきたものだった。そのたびに姉はわきまえたチェコの娘らしく、足早に立ち去った。……ある日、私は堤防の上に腰かけているその軍曹を見かけた。レドゥーエ川がざわめき、柳がそよぎ、灰色の雲が黒い東の空に向かってのびていた。彼は座って、長靴を草の上に置き、青い手帳に何かを書きつけていた。堤防にしのびよって木の節穴からのぞいてみると、鉛筆をにぎっている手の先に、ドイツ文字でつづった文面がちらっと見えた。「赤い雪の降る冬の嵐がじきにやってくる/ああ、アンナ、このむごい黄色の道を私のところまで来ておくれ/冷たい風が頭の中を吹き抜ける」。以来、彼を見かけることはなかった。(130ページ)

レドゥーエ川のほとりにたたずむ孤独な軍曹に気を許すなと姉に無理強いしたのはどこのどいつだ? あの人こそ、もしかしたら姉の良き夫となり、姉に束の間でも結婚生活を味わわせてくれたかもしれないのに。(154ページ)