書物を積む者はやがて人生を積むだろう

和書を積んだり漢籍を積んだり和ゲーを積んだり洋ゲーを積んだり、蛇や魚を撫でたりする。

マーミン・シビリャーク『森』

 本に出てくるロシア・ウラル地方の地名、検索しても引っかからないことが多々あって困る。

 

森―ウラル年代記〈2〉 (群像社ライブラリー)

森―ウラル年代記〈2〉 (群像社ライブラリー)

 

  ウラル地方の豊穣ながら過酷な自然の中で暮らす人々を描いた短編集。六編を収める。

 

「森」:フォミーチは町では卑屈な態度で仕事にあたる下っ端僧侶。しかし鋭い知性と観察眼の持ち主でもある。ある夏の日、語り手の「わたし」と書記パヴリーンは狩猟の途中で道に迷い、なんとかフォミーチの山小屋にたどり着く。そこにはフォミーチと、白痴女のパラーシャがいた。パラーシャはかつてたいへんな美人だったが、領主に虐待されたために気が触れてしまっていたのだった。

 語り手が森の散歩の途中で変な友達に会って話をした……というだけの話。フォミーチは魅力的な人物だけど犬の虐待はよろしくないなぁ、と思っていたらパラーシャさんがどやしつけてくれたのでちょっとほっとする。

「黒パン」:意思堅固で教育熱心なアンナ・セルゲーエヴナは旅行中に襤褸を来た母子に出会う。アンナは弁当に持っていたピロシキやソーセージを譲ろうとするが、お祭り前の精進中だった貧しい母子はそれを断り、御者から汚い黒パンを受け取る。

「自由の人ヤーシカ」:物資を載せてチュソワーヤ川をくだる艀に同乗した「わたし」は、元猟師のヤーシカと再会する。ヤーシカは狩猟中に銃が破損してしまったので、人足として艀に乗り込み、その給料で新しい銃を買うつもりなのだった。

 シビリャークのもう一冊の本『春の奔流』でも舞台になった、寒くて危険なチュソワーヤ川の河川輸送の、一労働者のスケッチ。艀に雪が降り積もってるのに当たり前のように甲板上で寝てる労働者たちの描写を読むに思わずぞくり。グーグルでチュソワーヤ川の写真など見ながら読むといいかも。

「凍て川の冬ごもり」:家族を伝染病で失い天涯孤独になったエレスカ老人は、大型犬ムズカルゴとともに山小屋の番人をしている。老人は森で鳥を、川で魚をとっては隊商に売り、引き換えに服、塩、火薬などを手に入れて生活していた。ムズカルゴがとうとう老衰に倒れたとき、絶望したエレスカは街へ戻ろうとするが、道中力尽きてしまう。

 冒頭の漁撈の場面、仕掛けにかかったチョウザメで「魚汁(ウハー)」を作るという話をしていて、あぁ旨そうだなぁと……。水運の過酷さはほかの作品で描かれていたけれど、この作品では陸運の厳しさにも言及されている。

 

 最後の二編には「アジアの伝説」という副題がついていて寓話の色合い。

「ハントゥイガイの白鳥」:名高き詩人バイ・スグドゥイは、ふと自身の甘い愛の歌が多くの人々に道を誤らせたのではないかと悩みだし、遠方の苦行者たちに教えを請う旅に出る。なにもかも捨てて、杖をつき裸足になって長い旅をした末、賢者エリグウズリ師に出会う。

 100歳過ぎでガリガリに痩せた二人の賢者が無欲と苦行を説いたあと、最後に出てきた賢者が小ざっぱりして元気そうな老人だったのがまず「おっ」と思うポイント。苦行の末に、その苦行も否定しないシンプルな現実主義にたどりついてほっとする。

「バイマガン」:キルギスの牧人バイマガンは富豪ハイビブラの使用人。ハイビブラの美しい娘ゴリゼインに思いを寄せている。悪事に手を染めハイビブラに認められるだけの財を手にし、ついにゴリゼインを娶る。しかし、やがて彼女に飽きたバイマガンはハイビブラの若妻アヤシを手に入れようと計る……

 黄粱の夢。悪漢ハイビブラを真似るかのようにバイマガンが次々悪事を重ねていくくだりは読ませる。