ボフミル・フラバル『あまりにも騒がしい孤独』
現代チェコ文学というと、日本ではクンデラの一人勝ち状態だ。古典を含めても、クンデラほど読まれてるのはカフカと、せいぜいチャペックくらいだろう。でもこの三人のほかにも凄いのはいる。たとえばこの人。ボフミル・フラバル。
- 作者: ボフミル・フラバル,石川達夫
- 出版社/メーカー: 松籟社
- 発売日: 2007/12/14
- メディア: 単行本
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でも、誰かがその安全な避難所をばらしてしまい、プロイセン王立図書館の蔵書は戦利品と宣言されて、天金と金文字の付いた革装の本はまたトラックで駅に運ばれ、そこで屋根のない貨車に積み込まれた。雨が降って丸一週間どしゃぶりになり、最後のトラックが最後の本を運んでくると、列車は大雨の中を出発し、無蓋車から煤とインクの混じった金の水が流れ落ちた。そして僕は、街灯にもたれて突っ立ったまま、自分が目撃者になった出来事に目を疑っていた。最後の貨車が、昼の雨の中に消えていったとき、雨は僕の頬の上で、涙と混じり合った。駅を出て、制服姿の一人の警官を見かけたとき、僕は自分の腕を十字にして、僕に手錠を、手枷を、プラハのリベニでいうように「腕輪」をはめてください、僕をしょっぴいてくださいと、まったく本気で頼んだ――僕は罪を犯したんです、人間性に対する犯罪を自首します……。(19ページ)
三十五年にわたって故紙処理係をつとめたハニチャ。その楽しみは、回収された故紙のうちから美しい本を救い出し、美しいテクストを読むことだった。期せずして知識人となった語り手ハニチャは、過去の出来事を回想しつつ、引退後の夢に思いを馳せる。しかし彼を待ち受けていたのは悲劇だった……。
150ページに足りぬ短い作品ながら、ぞくぞくするほど濃くてうっとりするほど美しい小説。これほど濃密な小説を読んだのは久しぶりだ。あの戦慄の傑作『砂時計』に続く「東欧の想像力」シリーズの第二弾ということで、もともと大きな期待を寄せていたのだが、この本はその期待にばっちりこたえてくれた。
150ページに足りぬ短い作品ながら、極めて多様な要素を含んだ小説だ。20世紀のチェコ市民の暮らしを写実的に描写している一方で、主人公の幻想的なビジョンは鮮烈をきわめる。不条理な悲劇の数々と、それをも滑稽のタネにするタフな感性には、笑みと涙をいっしょにこぼしてしまう。悲恋もあれば滑稽な失恋もあり、美装本への愛着と同時に倉庫を走り回るネズミへの愛着も語られる。そしてハニチャの繊細な語りもすばらしい。繊細すぎてややセンチメンタルに傾いているきらいもあるが、それすら魅力的に思えてくる。
そこのあなた、このブログをのぞいているからには文学ファンなのでしょうが、かりにも文学ファンなら、この本を見逃すのは人生の損失ですぞ。もしまだ買っていないなら、さあ今すぐ本屋へ。