書物を積む者はやがて人生を積むだろう

和書を積んだり漢籍を積んだり和ゲーを積んだり洋ゲーを積んだり、蛇や魚を撫でたりする。

E.T.A.ホフマン『カロ風幻想作品集』

ホフマン全集〈1〉カロ風幻想作品集 (1976年)

ホフマン全集〈1〉カロ風幻想作品集 (1976年)

ホフマン全集〈2〉力口風幻想作品集 (1979年)

ホフマン全集〈2〉力口風幻想作品集 (1979年)

アンゼルムス! ――信じるの、愛するの、期待するの!(「黄金の壺」、下巻139ページ)

 ホフマンの初期小説集。ジャン・パウルによる序文が附されている。ベルリンの街で謎の音楽家に出会う話「騎士グルック」、狂える音楽家の悩みと音楽論を展開した「クライスレリアーナ」、ファンタジックなオペラ観劇の記録「ドン・フアン」、セルバンテスの小説の続編の形式をとる「犬のベルガンサの運命にまつわる最新情報」、催眠術をめぐる怪異譚「磁気催眠術師」、ドジな大学生が蛇のゼルペンティーナに恋する幻想小説「黄金の壺」、自分の鏡像を魔性の女に譲ってしまった男の話「大晦日の夜の椿事」を収める。

 ジャン・パウルの序文は、これぞジャン・パウルといった感じの、うねうねした読みにくくて楽しい文体で書かれている(これに比べたらホフマンの美文なんか読みやすいもんだ)。「騎士グルック」はシンプルな構成で分量も短いが、音楽家の存在感やクライマックスの場面の印象の強さは相当なもので、なかなかの良作。が、次の「クライスレリアーナ」でつまずいた。音楽論の叙述が多すぎて……挫折。ホフマンにとっては重要な著作らしいのでいつか再挑戦したいところ。「ドン・フアン」「犬のベルガンサ」にも音楽論の記述が多く、音楽家としてのホフマンの一面を覗かせているが、ちょっとついていけなかったところも多い。「犬のベルガンサ」はベルガンサと語り手の対話形式をとり、ベルガンサの数奇な半生が語られるが、脱線だらけの作品で、芸術に関する議論が多い。「磁気催眠術師」は、前半部分では一家族が各自の怪異体験を語り、後半ではこの家族に悲劇が訪れる。枠物語、書簡、手記などを様々な形式を用いた物語構成の工夫に見るべきところがあると思う。
 「黄金の壺」は、前にも岩波文庫で読んだが、この作品集の中でも抜きん出た傑作。慌てた学生が市場の婆さんの林檎籠に突っ込んでしまうというコミカルな出だしから、蛇娘とその父とともに別世界へ移り住むというぶっとんだ結末に至るまでまさに紆余曲折、恋愛騒動あり、俗物官僚あり、魔術合戦あり、メルヒェン、宝物、酔っぱらい、幽閉脱出なんでもござれ。
 「大晦日の夜の椿事」はシャミッソーの『ペーター・シュレミール(影をなくした男)』に感動したホフマンがこれに倣って作った小説。ダークな雰囲気が充満していて悪くない。

 総じて、流石に「黄金の壺」に比べるとほかの収録作品は見劣りして、大満足とはゆかない。音楽に関する議論が熱すぎて、いささか辟易したところもある。ただし「黄金の壺」一作は間違いなく世界文学の最高傑作級の小説。この小説だけはぜひとも読んで欲しい。