書物を積む者はやがて人生を積むだろう

和書を積んだり漢籍を積んだり和ゲーを積んだり洋ゲーを積んだり、蛇や魚を撫でたりする。

『ハインリヒ・マン短篇集1 初期篇』

 電車内で読みにくい表紙。カバーかければいいだけだけど。

ハインリヒ・マン短篇集〈1〉初期篇

ハインリヒ・マン短篇集〈1〉初期篇

奇蹟を日常的なものにする必要はない。(「奇蹟」、12ページ)

 世紀末的・唯美的な作品が多い、初期ハインリヒ・マンの短編小説集。「奇蹟」「宝石」「伯爵令嬢」「幻滅」「無花果城塞の物語」「逢びき」「寄る辺なし」「思い出」の九篇が収録されている。

 夢破れた青年が人里離れた山荘で不思議な女性と出会う話「奇蹟」や、母とともに暮らす薄命の少女が、訪ねてきた壮年の彫刻家に感化される話「伯爵令嬢」は、耽美的という看板どおりの叙情的で美しい作品だし、一方、青年時代の想い人が身につけていた宝石を手に入れた老顧問官が、若い聞き手にその恋愛体験を語る「宝石」や、十字軍時代の伝説の残る無花果要塞での、病弱な青年貴族と気性の激しい女との恋愛の顛末を語る「無花果要塞の物語」は、力強い女性の描写と、黒くてユーモラスな結末で印象が強い。個人的には後者のタイプの作品が好みだが、どの作品も佳品の名に相応しいものだと思う。
 だが「寄る辺なし」一篇は、それらの佳作をはるかに凌ぐ強烈な印象を残す作品だった。内容は自意識の強い青年と、彼が精神的な親近性を感じた女性との青春恋愛もの。身悶えしたくなるほど初々しい感情や、だんだんあらわになっていく青年の我が侭さ、それに対する青年自身の自己嫌悪等々、心理分析、心理描写が非常に緻密で、しかも時々ユーモアさえ感じることがあった。この初期作品集のうちでももっとも初期に書かれた作品(作者19歳!)だが、『ウンラート教授』の作者は最初から『ウンラート教授』の作者だったのだ、と思わされた(ちなみに『ウンラート』は作者34歳の作品である)。結末で女のほうからなされる、鮮やかな、しかし自分の身をも苛む切り返しは、主人公のみならず読者の私の心にも突き刺さった。あれは強烈だ。
 さて、2巻目の中期短篇集を取り寄せるとするか。