書物を積む者はやがて人生を積むだろう

和書を積んだり漢籍を積んだり和ゲーを積んだり洋ゲーを積んだり、蛇や魚を撫でたりする。

古龍『碧血洗銀槍』

この女はまた大碗に酒を注いで彼に渡した。「お腹いっぱいになったら、酒を飲むべきね。さっさと飲みなさいよ」
今度は馬如龍は首を振った。「飲まぬ」
「あんた、鼻をつまみあげて注ぎ込んで欲しいの?」
馬如龍は取り合わなかった。彼は、女性が人前で彼の鼻をつまみあげることができるなどとは信じていなかった。しかし彼は間違っていた。彼女は本当に彼の鼻をつまみあげた。(52ページ)

武林に名高い碧玉宮の碧玉夫人は、娘婿を選ぶため丘鳳城、杜青蓮、沈紅葉、馬如龍の四人を人里離れた谷に呼ぶ。しかし夫人が来ないうちに、杜青蓮と沈紅葉が毒酒に倒れる。暗殺者の疑いをかけられた馬如龍は、必ず真犯人を見つけることを心に誓ってその場を逃れるのだが…。


古龍の作品のうちでは知名度は高くない部類だと思うが、これは面白かった。もちろん、古龍らしい急展開ぶりは随所に現れていて、

武林四公子のうち、もっとも傲慢なのは「白馬」馬如龍、もっとも剛毅なのは「銀槍」丘鳳城、もっとも瀟洒なのはもちろん杜青蓮、もっとも風狂なのが沈紅葉だった。
馬、丘、杜の三家はみな財産も名声もあり、白馬、銀槍、青蓮はみな有名な貴公子だったが、紅葉の出自は神秘に包まれていた。
あるいは、彼はかつての天下第一の名侠沈浪の子孫であるという。
あるいは、小李探花の生涯最高の友・阿飛が彼の先祖であるという。(8ページ)

こんなふうに紹介された人物が、四ページあとにはもう死体になってしまうなど、誰に予想できるだろうか?(阿飛を知っていれば尚更…)
しかし何よりヒロインの大婉が良い。醜悪な容貌の上に突拍子のない言動をするが、実は知性的で用意周到。主人公が冤罪のために江湖全てを敵に回すという、ともすれば暗くなりそうな作品を、うまく盛り上げてくれる(後半、ただの優しくて頭の良い娘になってしまって、登場時の奇天烈さが薄れてしまうのが惜しい)。プライドの高さゆえに時々危なっかしい馬如龍とは良い組み合わせ。
その馬如龍も、他人など知ったことではない貴公子だったのが、苦難を経て成長していくあたり好感がもてる。古龍の作品では、たいてい完成したキャラクターが主役を張っているので(李尋歓とか陸少鳳とか)、こういうタイプは珍しい。
ほとんど十数字以下の台詞しかしゃべらない馬如龍と、頓知のきく大婉との掛け合いも楽しい。
結末は急ぎすぎなきらいがあるが、中国語のできる武侠ファンなら読まないのは損な一冊である。