書物を積む者はやがて人生を積むだろう

和書を積んだり漢籍を積んだり和ゲーを積んだり洋ゲーを積んだり、蛇や魚を撫でたりする。

作者不詳『天豹図伝』

 賽金は彼らが李栄春を探し出せないでいるのを見て、言った。「秦氏、李栄春はいたかしら?」秦氏の胸倉をつかんで、「どう説明するつもりなの?」
 秦氏は言った。「賽金、無礼はよしなさい」
 頭突きをしようとしたが、賽金はそれを手ではっしと受け止め、秦氏を地面に蹴り倒し、馬乗りになって拳をふるった。殴られた秦氏は痛みに声を上げた。「賽金、私を殴るの?」
「不良女のあんたを殴るの。あんたはどうする?」言い終わるとまた殴った。
「殴ったわね、殴ったわね、天下にこんなひどい女がいるかしら。男を隠し、兄を倒し、兄嫁を殴るなんて。あんたたち、女中ども、早く私を助けて!」
 四人の女中たちが駆けつけようとしたが、賽金が言った。「来るやつがいたら、誰でも半殺しにしてやるわ」
 双桂は言った。「春梅姉さん、秋菊姉さん、若旦那さまを呼んで若奥さまを助けて」
 紅花は止めるふりをして、ひそかに秦氏に拳骨をお見舞いした。秦氏、「賽金、あんたの拳骨はなんでそんなに多いの?」
 賽金は思わず笑った。「私は千手観音なのよ」(39ページ)

 讒言によって父を処刑された施碧霞は、母・兄とともに親戚のもとへ赴こうとするが、途中母が死に、兄・施必顕も病に倒れ、やむなく身売りして母の葬儀代・兄の治療費を調達しようとする。これを哀れんだ李栄春が金を出して救おうとするが、権官の子・花子能が施碧霞の美貌にほれ込み、彼女を連れ去ってしまう。李栄春は花家に文句をつけに行くが、諍いとなり、花家の武芸師範・曹天雄に打ち負かされる。窮地の李栄春は、花子能の妹花賽金と、その召使の紅花に救われる。
 その後、病から回復した施必顕が花家に殴りこむ。施必顕は李栄春より遥かに強く、曹天雄を打ち殺して施碧霞を救い出した。これに腹の虫が収まらない花子能は、李栄春・施兄妹を陥れようとたくらむ。

 清代中期〜後期ころに書かれた白話小説。孫楷第『中国小説書目』は「英雄児女」類に、張俊『清代小説史』は「侠義小説」に分類している。が、私が読んだのは「中国禁毀小説典蔵」という、アレな恋愛小説(金瓶梅の続編とかBLものとか)を中心とする叢書の一冊として出版されたものである。アクション小説のはずのこれがなぜこの叢書に、と疑問に思いつつ読み始めてみたが、読んで納得した。この小説、確かに李栄春・施必顕・施碧霞らの豪傑的な活躍の描写を中心としているのであるが、一方で花子能を中心とする、花家のただれた人間関係もかなりの紙幅を費やして描写している。猥褻描写はほとんどないに等しいが、その乱脈ぶりはなかなかヒドいものがある。
 といって陰惨な作品かというとそういうわけではなくて、花子能の三流悪役ぶりと、施兄妹の喜劇的なキャラクターによって、笑いどころは結構多い。施碧霞など、彼女よりさらに荒い兄と一緒にいるときはおとなしいが、一人になると途端に言動が乱暴になる。たとえば、花子能の讒言によって李栄春捕縛の命令が出たのを知る場面。

「心配することはないわ。使節が来たら私が刀を食らわせてあげるから。そのあと兄さんと相談して都を襲撃し、花錦章・子能親子を捕らえて私の父の仇を討てば、母上(李栄春の母)の心配も晴れるでしょう」(145ページ)

 あのーお嬢さん、それ、『三国志演義』なら張飛が、『水滸伝』なら李逵が言う台詞ですが……一応ヒロインのあなたがそんな役割やってて良いの?
 李栄春のキャラがいまいち立ってない/タイトルのもとになってるキャラの陶天豹が万能すぎて後半が面白みにかける/因果応報が表に出すぎて鬱陶しい、などの欠点は、古典の大衆小説だし仕方ないか。