書物を積む者はやがて人生を積むだろう

和書を積んだり漢籍を積んだり和ゲーを積んだり洋ゲーを積んだり、蛇や魚を撫でたりする。

張小山『平金川』

「私はヨーロッパのローマ教皇だ。ロシア、イギリス、フランス、ポーランドなどの国はみな私の号令を聞く。天命の帰するところを知るがゆえに、清朝に一臂の力を貸しに来たのだ」(413ページ)

 時は清代の雍正年間。青海の王・羅卜蔵丹津の叛乱を鎮圧するため、朝廷は年賡暁・岳鐘蒞、二人を大将として出兵する。年将軍とその部下たちは、敵の名将・策妄阿拉布坦と彼を助ける妖人たちに苦戦しつつも、少しずつ敵の領土を切り取っていく。

 歴史ものの神怪小説、つまり『平妖伝』や『封神演義』の系列であるが、時代背景は18世紀と新しく、制作年代も19世紀とかなり新しい。その分、『封神』などの古いスタイルから脱出している点もいくつかある。
 主役の年賡暁(史実では年羹暁)、岳鐘蒞、敵方の羅卜蔵丹津、策妄阿拉布坦などはいずれも実在の人物で、雍正年間の青海征伐も実際にあったことである。ただしもちろん、史実をもとにしてはいるが、作品内のエピソードは架空である。前半では仏教・道教イスラム教の高僧たちが仙術合戦を繰り広げ、しまいにはローマ教皇*1まで絡んでくる。後半ではトルコのイェニチェリ鉄砲隊(と思われる部隊)やロシア軍が参戦してくる。『児女英雄伝』の十三妹も登場。いろいろと破天荒で楽しい(百度百科によると、策妄阿拉布坦なんかは小説内の話とは逆に、ロシア兵を敵にまわして戦ったこともあるらしいが)。
 小説史の本では中国SFのはしりとも書かれている。というのは、年賡暁の部下には西洋人の南国泰という人物(清の朝廷に仕えた実在の西洋人・南懐仁つまりフェルビーストの息子という設定)がいて、彼が升天球・地行車・借火鏡などの新兵器を開発し、それで戦うシーンがいくつかあるからである。仙人が気球の上から魔術を放つシーンなんかはなかなか新鮮で面白い。
 あとは、年賡暁が残虐で殺戮を好む人物として描かれており、捕虜や民間人を虐殺するシーンがいくつかある。当然、彼には良い結末は用意されていない(史実でもそうだったようだが)。こういう人物を主役に持ってきているのは、古典小説には珍しいところ。
 このようにいろいろと面白いところがある本なのだが、致命的な欠陥は、ストーリー展開が一本道すぎて起伏に欠けるところだろう。小説としての出来は、良いとはいいがたい。


 私が読んだのは「中国神怪小説大系」というシリーズの「史話巻」の1巻目に収録されているもの。中国の古本サイトで買ったんだが、図書館廃棄本のためシールが貼ってあったりはんこが捺してあったりする上、管理が良くなかったらしくボロボロでちょっと臭いもきつい。このシリーズでしか読めない作品も多いし、再販してくれないかなあ。

*1:史実によれば年羹暁による青海征伐は1723年末から1724年初めにかけてなので、当時のローマ教皇はインノケンティウス13世である。当然、彼は史実では中国へ行ったことはないが、中国がらみの事跡はあって、イエズス会に中国での布教を禁じている。