書物を積む者はやがて人生を積むだろう

和書を積んだり漢籍を積んだり和ゲーを積んだり洋ゲーを積んだり、蛇や魚を撫でたりする。

ヴィクトル・ペレーヴィン『宇宙飛行士オモン・ラー』

宇宙飛行士オモン・ラー (群像社ライブラリー)

宇宙飛行士オモン・ラー (群像社ライブラリー)

なぜならマルクス主義はなにものにも打ち克つ真実である一方、君が命を捧げるものは形式的には嘘ということになるからだ。(54ページ)

 オモン・クリヴァマーゾフと幼馴染のミチョークは、宇宙飛行士として月へ行くことを夢とし、やがて航空学校を受験し合格するが、まもなく上官からソ連の宇宙開発の真実と、帰還不能な月への飛行命令を告げられる。オモンは地下基地にて奇妙な訓練を続けたのち、飛行の日を迎えるが……。

 小説のスタイルとしては、既訳のあるペレーヴィン作品の中では一番まとも。作品は常に主人公オモンの一人称語りによって進み、語り口もわりと自然。作中時間もおおむね一方向であっちへ飛んだりこっちへ戻ったりはしない。主人公の意識の喪失とともに場面が急激に変わるところがたくさんあるくらいか(眠りと覚醒は、ペレーヴィンの作品の中ではいつも重要)。そういうわけで、これまでのペレーヴィンの作品の中では『虫の生活』と並んで特に読みやすいものだと思う。『恐怖の兜』『チャパーエフと空虚』と読んできた身としては、そこがまた物足りなさでもある。もちろんまともとは言えないけれども、『兜』『空虚』に比べると混沌とした感じがいまひとつ足りない。
 同じく初期の作品で、登場人物が変身を繰り返しながら話が進んでいく、軽やかで陽気な『虫の生活』に比べると、こちらは陰気な軽さがある。つまり命とか人権とかの。そういうものの軽さに対して、主人公の一人称語りが(しかも軽く扱われてるのは自分なのに)強く拘泥したりせず次の話へ進んでいくあたりに異様な雰囲気が漂う。ソ連の体制の戯画化なんだろうが、ちょっと露骨すぎる気も。
 個人的にははじめてペレーヴィンを読む人には、この作品より『虫の生活』を薦めたい。