書物を積む者はやがて人生を積むだろう

和書を積んだり漢籍を積んだり和ゲーを積んだり洋ゲーを積んだり、蛇や魚を撫でたりする。

オノレ・ド・バルザック『ツールの司祭 赤い宿屋』

ツールの司祭/赤い宿屋 (岩波文庫 赤 530-1)

ツールの司祭/赤い宿屋 (岩波文庫 赤 530-1)

「御覧なさい」と、私は隣に坐っている女に、件の男の顔つきを教えてやった。「破産にでも直面しているというのでしょうか」
「それならもっと愉快そうなはずですわ」(「赤い宿屋」、188ページ)

 『ツールの司祭』は180ページほどの長編。ツールの司祭フランソワ・ビロトー師は、参事会員になるのがささやかな野心であったが、下宿の管理人ガマール老嬢の憎しみと、同僚トルーベール師の野心によって破滅に追い込まれる。

 分量が少ないためか、ビロトー師の浮沈の度合いがさほど大きくないせいか、いまひとつ物足りなかったかな。結末近くのトルーベールとリストメール夫人の性悪同士の対決、それとトルーベールがビロトーに一瞥を送る最後の場面はなかなかインパクトがあった。
 ともあれ、前に『セザール・ビロトー』(ビロトー師の弟が主人公)を読んだとき、このフランソワ・ビロトーがちらっと出てきていて、それ以来この『ツールの司祭』が気になっていたので、ようやく読めてよかった。
(破産寸前に陥ったセザール・ビロトーが、最後の頼みにとビロトー師に援助を頼む、ビロトー師もできるだけ金をかき集めて送るのだが、田舎の坊主が集められる金など、パリで派手に失敗した商人にとっては焼け石に水で、というのが『セザール・ビロトー』での出番)。


 『赤い宿屋』は80ページほどの中篇。語り手が晩餐会で出会ったドイツ人から、かつて起こった殺人事件と無実の罪で処刑された男の物語を聞く、という体裁。

 こちらはサスペンス的な内容と、深刻な心理・葛藤の描写で読ませる秀作。一人称の語り手と、さらにその語り手に物語を語って聞かせる男が登場するというわけで、バルザックの小説としては珍しい部類かもしれない。

 余談だが、発行年の古い岩波文庫だが、なぜか活字の組み方が緩め。そのせいかえらく読みやすかった。