書物を積む者はやがて人生を積むだろう

和書を積んだり漢籍を積んだり和ゲーを積んだり洋ゲーを積んだり、蛇や魚を撫でたりする。

トーマス・マン『マリオと魔術師』『混乱と稚き悩み』

 20世紀屈指の文豪と言われるトーマス・マンだが、『トニオ・クレーゲル』を読んだ限りでは彼の凄さはよくわからなかったんだよね。感傷的なだけに思えて。

マリオと魔術師―他一篇 (角川文庫)

マリオと魔術師―他一篇 (角川文庫)

「身を曲げろ――」とチポラは繰返した。「他はどうにも仕様がないんだよ。そういうふうな腹痛には、身を曲げなくちゃならん。自然の反射運動だ。他人から命令されるのが厭だからって、無理にこらえていてはためにならん」(49ページ)

 『マリオと魔術師』は、海水浴場に近く外国人向けの避暑地として有名なイタリアのトレの町に、奇術師チポラがやってきてショーをするのだが、なんとも凄惨な結末を迎える、という話。『混乱と稚き悩み』は天真爛漫な少女がパーティーの途中部屋に引き込んで泣き出すが、その理由は――といった話。

 どちらも長すぎるな、と思う。いや、90ページと60ページという分量ではあるのだが、話が盛り上がるまでの前置きが長すぎ、いささか読みにくい古めの訳文とあいまって、中途で投げ出したくなってしまう。両篇とも半分の長さにつづめればもっと面白かったと思うのだが……少なくとも、ストーリーテラーとしての力量は、トーマスよりハインリヒのほうが上ではないかと感じる。
 ただし結末部分はどちらの作品もなかなか良い。『マリオと魔術師』の感想をネットで見て回ると、恐ろしい結末、とか、人の心に潜む魔、とか書いているサイトがいくつかあるけど、いやいやあれは笑うところじゃなかろうかと思う。私は笑った。『混乱と稚き悩み』の結末は、こちらは微笑ましくもしんみりときて、これまたなかなかよろしい。


 ところで、2chのトーマス・マンのスレッドを見ると、『魔の山』と『ヴェニスに死す』の話題が多く、世間では人気が高いと思われる『トニオ』は意外と語られてないようだ。うーむ、やはりトーマス・マンを語るには『魔の山』を読むべきなのか。しかしあの長い小説を読むよりは、その時間にハインリヒ・マンの作品を読みたい気がするのだが……。