書物を積む者はやがて人生を積むだろう

和書を積んだり漢籍を積んだり和ゲーを積んだり洋ゲーを積んだり、蛇や魚を撫でたりする。

アウグスト・ストリンドベリ『父』

 『ストリンドベリ名作集』を入手したので、これから少しずつ読んでいこうと思う。まずは巻頭に収められている『父』から。

ストリンドベリ名作集 (1975年)

ストリンドベリ名作集 (1975年)

「ご自分を喜劇的な男にしないようにね!」
「こんな悲劇的なことがあるか!」
「なおさら、喜劇的になるわ!」
「しかしおまえはそうならない!」(26ページ)

 アドルフ大尉は、娘ベルタの教育方針をめぐって妻ラウラと鋭く対立する。ラウラは大尉のかつての乳母マルグレートらを巻き込み、大尉を精神的に追い詰めていく。

 うーん、これはすごい。被害妄想というやつは、人物と場面と筋書きをしっかりセットされた場合、これほどまで恐怖を煽るものだったのか。たった三幕、ページ数で50ページほどの短い劇だが、この50ページの内容の凄まじさは、ドストエフスキーの小説の中で一番濃い部分にも匹敵するんじゃなかろうか。大尉の明晰な頭脳が、ラウラたちの攻撃によって次第に冒されていく様子の書きっぷりには、それだけの迫真性があった。
 単なる精神病者のたわごとになりかねない題材を、そういう迫真性を持ち、かつ男女の愛・男女の戦いといった普遍的な事象を扱った芸術作品に昇華させたストリンドベリの筆致は、まさに天才の技。柔弱に見せかけておいて、時にきわめて残酷な台詞を放つラウラの人物像はインパクト大。クライマックスでの、大尉の「オムファーレ、オムファーレ!」を連発する長広舌は、まさに絶唱
 いやあ、ぞくぞくさせてもらった。
 ストリンドベリ、ひょっとするとドストエフスキーなみの化け物かもしれない。