書物を積む者はやがて人生を積むだろう

和書を積んだり漢籍を積んだり和ゲーを積んだり洋ゲーを積んだり、蛇や魚を撫でたりする。

イワン・ゴンチャロフ『平凡物語』

平凡物語(上) (岩波文庫)

平凡物語(上) (岩波文庫)

平凡物語(下) (岩波文庫)

平凡物語(下) (岩波文庫)

永久不変の恋愛を信ずる者も、信じない者も同じことをするのだ。ただそれに気がつかなかったり、気がついても認めようとしないまでだ。われわれはそれよりもっと高尚で、人間ではなくて天使です、などと言うのは、愚劣なことだ!(上巻190ページ)

 田舎の青年貴族アレクサンドル・アドゥーエフは、栄光を求めてペテルブルグへ赴く。彼が頼ったのは、冷静で打算的な叔父ピョートルであった。ペテルブルグでアレクサンドルはさまざまな挫折と絶望を味わい、ピョートルはいちいちそれに訓戒を加える。経験と叔父との議論とを通して、ロマンチストだったアレクサンドルはゆっくりと変わっていく。

 ついに復刊とあいなったゴンチャロフの処女長編。60年近く前の訳書の復刊であるが、翻訳は極めて読みやすく、光文社の新訳文庫で出てても不思議ではないくらい。解説の分量が少ないのがやや物足りないところだが。
 アレクサンドルが章ごとにいろいろと経験をし、それについて叔父ピョートルと議論するというスタイルで、はっきり言って長編小説の構成としては稚拙な印象を受ける(現代の文学どころか、同時代の英仏あたりの一流どころと比べても)。また叔父ピョートルの口から語られるロマン主義批判もちょっと露骨すぎる。
 でも良いのである。ゴンチャロフだから。そしてゴンチャロフの数少ない長編が復刊されたことを祝おう。
 冷静なリアリストでありながら、ことあるたびにアレクサンドルに訓戒を垂れる叔父ピョートルは間違いなく世話焼きの善人。で、アレクサンドルは若者として当然のことながら、叔父の言葉なんか受け入れやしないのだけれど、それでまた失敗すると、叔父もまた忠告をするわけである。愛すべき人物としか言いようが無い。そのセリフも、よくもまあこうもぽんぽんと警句が飛び出すものだと感心する。名言のバーゲンセール。会話もユーモラスで、読んでいて楽しい。