書物を積む者はやがて人生を積むだろう

和書を積んだり漢籍を積んだり和ゲーを積んだり洋ゲーを積んだり、蛇や魚を撫でたりする。

金庸『越女剣』

越女剣 (徳間文庫)

越女剣 (徳間文庫)

 中編の武侠小説集。
 「白馬は西風にいななく」はカザフで育った少女李文秀の話。李文秀の両親は財宝が眠るという高昌迷宮の場所を知るが故に砂漠で仇に襲われ落命した。西域での少女の成長と悲恋、師との出会い、高昌迷宮をめぐる財宝探しの顛末などが描かれる。
 偶然李文秀の師匠になる華輝は、武芸は超一流だが残忍・陰険・自分本位の三拍子揃ったとんでもない悪漢。こういう人物の見せる弱さに読者は弱いということを金庸先生はわかっておられる。
 「鴛鴦刀」は、天下無敵の秘密を備えるという一対の宝刀を北京の皇帝のもとへ護送する周威信とその部下たちを、武林の大立者・蕭半和の誕生祝に持ち込むお宝を探していた太岳四侠(鴛鴦刀のことは知らない)が襲うところから始まるすったもんだの大騒動を描く。
 金庸武侠のコミカルな面が前面に押し出されている作品。四侠の末弟・蓋一鳴の風采の上がらないのを見て周威信が「ぱっとしない男こそ実はつわもの」と恐れを抱くという場面から始まるように、武侠小説の「お約束」を逆手に取ったり、逆手に取ると見せて従ったり、十全に活用している。
 「越女剣」は少し毛色が変わっており、分量は最も短く、扱う時代は最も古い。越王勾践のもとで呉を討つ計画を練る范蠡のところへ、あるとき白猿から剣術を習った少女・阿青が現れる……という話。
 金庸の長編のジェットコースターのような展開の激しさはないものの、阿青の世間ずれした天真爛漫ぶりと剣術の神技ぶりが、シンプルな構成のためにより引き立っている佳品。世界に名を響かせた武侠作家が、あえて剣侠文学の原点に立ち戻ってみるつもりで書いた……のではないかと推測する。