書物を積む者はやがて人生を積むだろう

和書を積んだり漢籍を積んだり和ゲーを積んだり洋ゲーを積んだり、蛇や魚を撫でたりする。

アラスター・グレイ『ラナーク』

 カレンダーを見ると、今月下旬に入ってから、上旬に比べてあきらかに更新頻度が下がってるな。紹介した本の数も減ってるし。月末までにあと一、二冊は読破したいところ。

ラナーク―四巻からなる伝記

ラナーク―四巻からなる伝記

五つのisに対してifがひとつ! こいつはまったく信じがたいほどの自由だ。(590ページ)

 世紀末的な都市アンサンクに暮らす青年ラナークは、失恋と奇病に悩まされたのち、謎の口唇に飲み込まれ、奇怪な施設に収容される。彼はそこでスコットランドの美術家の青年ダンカン・ソーの成長と破滅の物語をお告げの声に聞かされる。施設を脱したラナークだったが、さらなる挫折と陰謀が彼を待ち受けていた……。

 いやはや、たっぷりと楽しませていただいた。「『重力の虹』『百年の孤独』にならぶ20世紀最重要世界文学」とか「ダンテ+カフカジョイスオーウェル+ブレイク+キャロル+α」というような出版社の売り文句、あるいは700ページ二段組という分量、または上に書いたわけのわからないあらすじ(この複雑な小説の筋を数行にまとめるのはやっぱり無理だ)を見て、手を出しかねているような向きには、心配無用すぐ書店へ行きなさいと言いたい。複雑ではあるが、ページをめくる手が止まらないような類の小説だから。『重力の虹』についていけず、『百年の孤独』のうだるような作品世界に馴染めず、『神曲』を放り出した私だが、この小説ははじめから終わりまで楽しく読めた。
 第三巻から始まり、プロローグをはさんで第一巻、第二巻、第四巻と続く(さらに、第四巻の途中でエピローグが挿入される)というイレギュラーな構成になっている。私小説的な要素の強いダンカン・ソーの物語がラナークの奇怪な冒険物語にサンドイッチされる形になっていて、要は写実小説と象徴小説を一冊に合体させ、互いに呼応・対照させているわけ。個人の愛や挫折といった小さなテーマから、世界の政治や社会といった大きなテーマ、物語は何かというメタ的なテーマまで、さまざまな内容を含んでいて、作品世界はかなり複雑混沌としているのだけれども、そうでありながらぐいぐい読ませる物語性も併在している点、まったく私好みな作品だった。悪夢的な小説という面が強い一方、ユーモラスな台詞回しや場面にも事欠かないのもよい。
 余談ながら、作者は美術家でもあるそうで、自身の手によるカバー装画、各巻の扉の絵とも、奇怪・過剰な作品内容にマッチしていて素晴らしい出来。


 さあ、早川書房から刊行予定の『哀れなる者たち』を楽しみに待とう。