書物を積む者はやがて人生を積むだろう

和書を積んだり漢籍を積んだり和ゲーを積んだり洋ゲーを積んだり、蛇や魚を撫でたりする。

アレッサンドロ・バリッコ『シティ』

シティ

シティ

面談をするために家に戻ることができなかったので、グールドの父親はみずから作成した質問票を応募者たちに渡し、それを郵送させ、答を読んでグールドの新しい家政婦を決めることにしていた。質問は三十七項目あったが、応募者たちが最後までたどり着くことはまずなかった。普通、十五番目(15 ケチャップ、それともマヨネーズ?)ぐらいでやめてしまうのだった。一番目(1 応募者は、こんにち、その年で定職もなく、こんなに薄給でまったく未知数の仕事でもほしいと考えるからには、これまでうまくいかなかったことが多数あるはずです。それを列挙してください)を読んで、席を立ち、出て行ってしまう応募者も多かった。

 出版社で電話アンケートの仕事見習として雇われていたシャツィ・シェルは、たまたま天才少年グールドと電話をして知り合う。仕事を解雇されたシャツィは、グールドの家政婦となり、グールドの親友ディーゼル、プーメランとともに色々な奇妙な事件を引き起こしていく。同時に、シャツィの創作した西部劇の話と、グールドの創作したボクシングの話が語られていく。

 前に読んだ同じ作者の『絹』は語りも登場人物も寡黙な小説だったが、こちらはまったく正反対、登場人物の尽くが饒舌で、しばしば十数ページにわたって会話や独白、演説を続けたりする。その内容は美術作品や知的誠実さにまつわる議論から、サッカーの試合で特殊な事例が発生した場合の裁定法なんてものにまで及ぶ。当然どれもこれも滑稽な内容で、おまけつきハンバーガーをめぐるシャツィと店員の議論なんかはひたすら笑えた。
 そういう作品である一方、肝心なところでは沈黙する(少なくとも語りを控えめにする)のが面白く、また余情のしみ出てくるところでもあって。うわべはユーモアでおおっているけれど、根本はシャツィとグールドという、都会の中で孤立する二人の純粋な魂が、偶然に出会ってひかれあうけれど、ついには離別するという話なんだから、そもそも深刻な作品でもあるわけだ。結末も悲劇的。
 作中作の西部劇とボクシングはどちらも面白い。