イリヤ・エレンブルグ『トラストDE』
ロシア文学というと19世紀のもののイメージが強すぎて、20世紀の作家はいまいちマイナーだけれども、実際のところ、その多士済々ぶりは19世紀作家たちを凌いですらいる。ブルガーコフを筆頭に、ブローク、ソログープ、ザミャーチン、パステルナーク、ショーロホフ、ソローキン、ペレーヴィン……ここにエレンブルグの名前も加えとかないとな。『山椒魚戦争』とかの破滅小説が好きな人は是非。
- 作者: イリヤエレンブルグ,小笠原豊樹,三木卓
- 出版社/メーカー: 海苑社
- 発売日: 1993/03
- メディア: 単行本
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ヨーロッパは罪悪と怠惰と動乱に耽溺しています。もしわれわれがヨーロッパを荒地に変えれば、それは高貴な人類愛の行為となるでしょう。(58ページ)
モナコ王子の落胤としてオランダに生まれたエンス・ボートは、さまざまな職業を体験したのち大富豪となるが、ある日突然巨財を擲ち、アメリカへわたる。ヨーロッパを激しく愛しつつもその滅亡を願うエンスは、アメリカの三人の富豪の投資を受けてトラストDEを組織する。表向きは「デトロイト建設トラスト」を名乗るトラストDEは、実は「DE」の文字を含むあらゆる集団をそれと知られずに操り、ヨーロッパを撲滅するためのトラストであった。
ブラックユーモアの塊のような小説で、一読爆笑、かつ、ぞくりと寒気を感じさせる内容になっている。人も国家も熱に浮かされたようになって、次々に自壊していくヨーロッパ各国の様子はコミカルでかつグロテスク。壊滅前夜のベルリンのお祭り騒ぎ、モスクワ陥落後のロシア人たちの大行進、貧窮のどん底まで落ちたロンドン、そしてパリの滅亡と、エンスがヨーロッパ撲滅へ向けて動き出す中盤以降は強烈な展開が目白押し。しかもそういう強烈な出来事をシンプルな文章で淡々と語るので、かえって迫力は五割増である。
愛も嫌悪も歓喜も悲哀も熱狂も絶望も、これでもかと言わんばかりに詰め込まれた、火傷するほど熱い書物。ソ連文学自体のマイナーさのせいでもあるのだが、これほどの作家作品がこんにちあまり顧みられていないのは正当なこととは思えない。