スワヴォーミル・ムロージェク『鰐の涙』
- 作者: スワヴォーミル・ムロージェク,芝田文乃
- 出版社/メーカー: 未知谷
- 発売日: 2001/12/01
- メディア: 単行本
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あのカフカは、自分だけにああいうことが起こったのだと思っていた。私が言ってるのはフランツ・カフカ、虫に変身して、自らの作品の一つにそのことを書いた文学者のことだ。そんなのどうってことない。(「変身」、8ページ)
ポーランドの不条理作家ムロージェクの作品集。掌編小説73編と15作の漫画を収める。
ムロージェクを読むのはかつて国書刊行会から出ていた『象』に続いて二冊目。ただ、『象』は主に50年代の作品集から作品が採られていたが、こちらは94年に出た本から収録している。というわけで、風刺の対象は共産主義社会のおかしな権威主義や習俗から、資本主義時代のそれに変化しているが、不条理な展開をわずかな分量で淡々と描き、読者をにやけさせる辛口のスタイルは健在。
全部が全部面白いとは言えないが(西側へ亡命するためボートで海を渡っていた逃亡者が、流されてベーリング海まで至り、ソビエトへ向かって西へ進んでいることを知らされる「亡命者」なんぞは、安直でばかばかしくてがっかりした)、本全体で見れば満足の行く濃密さ。たとえば恋人が自分を裏切っているのではないかと不安な記者が、モンゴルの元帥の遺体がモスクワからウランバートルへ運ばれていく記事を毎日校正しながら、「それは当時、僕の人生にいいて唯一の確実なことだった」とつぶやく「チャイボウサン元帥の棺」なんかはシュールさと切なさがあいまった傑作だ。