ウィリアム・シェイクスピア『テンペスト』
九日(休みを入れれば十日)にわたり、積読消化のために続けてまいりました戯曲祭りも本日で閉幕でございます。最後を飾るのは、やはりこの方でなくては。というわけでシェイクスピアの晩期傑作です。
- 作者: ウィリアム・シェイクスピア,小田島雄志
- 出版社/メーカー: 白水社
- 発売日: 1983/10/01
- メディア: 新書
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だが、おれは激しい怒りよりも気高い理性に味方しようと思う。(135ページ)
悲喜劇。ナポリ王アロンゾーと王子ファーディナント、ミラノ公アントーニオらの乗る船が、嵐のために難破して大海の孤島にたどり着く。そこではアントーニオの兄で、アントーニオとアロンゾーの策略によって追放された、元ミラノ公にして魔術師のプロスペローが娘ミランダたちと暮らしていた。
なんといっても主人公プロスペローの複雑な立ち位置が作品の魅力だと思う。かつては学問に執心するあまり身分と財産を失った貴族。今や妖精エアリエルや怪人キャリバンを従えて島を治める、不気味さと知性を持ち合わせた大魔術師。強い復讐心をあらわにするかと思えば、娘への愛情や妖精たちへ優しさを見せたりする。また、かつて弟によってあるべき地を奪われた彼が、しかしキャリバンとその母のものであった島を奪い取っている、という矛盾もおもしろいところ。
アロンゾーの忠臣ゴンザーローと敵役アントーニオの対比も面白い。普通の古典ならアントーニオのほうが一方的に悪く描かれそうなものだが、ある場面ではゴンザーローの度の過ぎた楽観・理想論に鋭く的を射た皮肉を浴びせたりしている。妖精エアリエルは登場のたびに可愛らしさで魅せてくれるし、キャリバンはキャリバンで、グロテスクかつ愛すべき造型がされていて、出てくるたびに楽しくなる。
悲劇と喜劇、復讐と愛情、可憐さとグロテスクさ、理想と現実、シェイクスピアのあらゆる持ち味が渾然一体となって炸裂する夢幻スペクタクル。傑作でないはずがあるだろうか。
ただしシェイクスピア初読者には勧めない。プロスペローの最後の決断の重みは、やはりシェイクスピアの過去作を読まないでは、言い換えると、ハムレットやマクベスの死体を見ないままでは充分に味わえないだろうから。少なくとも四大悲劇と喜劇、史劇を二つ三つ読んでから『テンペスト』を手に取ることを勧める。
それにしても、プロスペロー同様、文学史上の大魔術師シェイクスピアもこれを最後に筆=魔法の杖を折ったと思うと(まだ『ヘンリー八世』があるにはあるけど)、一言では言い尽くせない気持ちが湧き上がってくるなあ。